古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

古代東海道 下総国⑧ 千葉寺、亥鼻方面への道選択 v2

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 市原市からずっと海沿いのルートを考えている人は上の地図でも☆1の房総往還を選ぶことになるでしょう。

 私は内陸寄りの☆3か4か5を選びます。と言っても☆1からの距離はわずかで歩いて10分程度。

☆1は357号湾岸道路沿いの海近くです。近すぎです。千年前果たしてどうだったかわかりません。(手前左右の道路と直交する写真中央の道。バス停だと稲荷町中央)

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ここら辺は海抜が低く3m以下。2019年関東をおそった台風もしくは豪雨で道路アンダーパスは冠水し交通がとまた箇所が散見されます。

 房総往還はこの先、都川にぶつかり、大きく右に曲がることになります。橋を架けることなどままならなかった昔、海に近い河口付近はリスクが大きかったと思います。

古代道で必要とされる直進性は☆3,4,5が圧倒的に優れています。

この先池田郷を考える上で必須の千葉郡の中心亥鼻の台地にもそのままつながる点で、また、709年創建の千葉寺に近い点でも☆3,4,5を採りたいと考えます。

 このうち高度は3,4,5の順でたかくなり、3は末広街道と変わりのない低高度です。

☆4は道祖伸があったりして風情がありますが道が狭すぎ租税を運ぶ官道にはなりえません。

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 というわけで☆5を進むことにします。もっともこの千葉寺三叉路でつながりますが。

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では、最近撮った写真で歩いてみましょう(2021,6,25)。

 

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右側の道を選択

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千葉寺町公園。だんだん高くなっています。

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千葉寺三叉路が見えてきました。大網街道にぶつかります。

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民家の後そして右手の木々は千葉寺です。この奥の方角数百m先に千葉寺とセットで考えるべき重要な荒久古墳があります。

大網街道を左折するとすぐに中村古挟記念病院があります。

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余談ですが創立者夏目漱石門下生で東大を出た後医大に入り主に精神科の治療に定評のあった病院です。

あの中原中也も神経を患い入院したことで有名です。中也は海を見ながら療養に過ごしたわけで、海を見通せる高台が人の心を和ませたことに千年の差はないのでしょう。

次回はいろいろとある千葉寺について。