古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

古代東海道 武蔵国⑲ 順天堂大→明治大→駿河台下→一ツ橋二丁目(一橋大)→二重橋・桜田門 

 首府の防御防備(ウクライナ江戸城

 

本郷通りを本郷3丁目、壱岐坂上、その先の二股を右折して外堀通り(順天堂前)までやってきた。

 

芳賀氏は言っている。

江戸以前に現在の外堀はなく、本郷台地は神田山の山すそ(現在の神田小川町付近)まで一続きだった。その屋根筋の本郷通りをたどり、急斜面を一気に駆け下りれば往古の城下。江戸城を攻撃するには最もふさわしい経路となる。

ウクライナでロシアの侵攻を防ぐために橋を落としたなどのニュースを目にすると数百年前のこの城の防御策がリアルなものに感じられる。

 

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堀がなかったら現在の三楽病院(東京都関連の病院)あたりに出ることになろう。

「神田山」とはわかりやすい。「駿河台」より当時の地形を反映した名称に思う。

山裾の地形が現在でも残っているとは知らなかった。確かに靖国通りは南に弧を描いている。(大きな左矢印は後述)

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お茶の水は私にとって通学・通勤途中の駅であり、ここを通った回数は何万回かわからない。

しかし別の視点で道路を見ると全く異なって見えてくるから不思議だ。

 

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お茶の水橋を渡り、見えてくる下倉楽器、メンタムのお店は通りの主のよう。主婦の友社はもうない。

先に見える駿河台下はずいぶん下がっている。

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明治大学のこの建物、いいデザインだと思う。向こうに道があって緑があるのは知らなかった。

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博物館が無料とのことで行ってみたが休みで残念。最近、考古学における明大勢の伸張著しい。東大は日本の近代的考古学創世時の元気がないかに見える。

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脇の路地に入って、漱石の母校錦華小学校跡を見に行こうとしたが、お茶の水小学校に変わっていてしかも工事中。引き返す。

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駿河台下交差点で靖国通りにクロスする。

靖国通りはかっての神田山山裾、崖のふちを走る道。

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右に曲がれば書泉、三省堂古書店街。左折すればスポーツ用品店が多い小川町。その先は蔵前通りになって千葉へ向かう。

 

さて、ここで芳賀氏の書で得られた知見を紹介すると

本郷通りはかって神田山南の急傾斜のガケふちで南西に向きを変え、現在の「一ツ 橋」に向かっていたと考える。「一ツ橋」は本郷台地と麹町台地の谷間、旧平川河口近くの低地で、発掘調査の結果、古墳時代から集落が存在ていたことが明らかになっている。(東京都千代田区一ツ橋2丁目遺跡 1998年)

 検出された中世の道路遺構は北東すなわち本郷台地を目指していた。つまりこの遺跡は中世江戸城下のムラの一部で麹町台地と本郷台地ををつなぐミチの結節点に存在していた。

 この考えによるルートが上から2番目の地図に書き入れた大きな矢印です。

一ツ橋2丁目の3D地図は以下のとおり。この地名に依ったと思われる一橋大キャンパス、如水会館等もあり、同大出身者にとって故郷の地であろう。

なお、東京都千代田区一ツ橋2丁目遺跡はネット検索でもかなり出てくるので参照してみてください。

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私は南西に曲がらず、一つ東の道で皇居を目指しました。

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錦町河岸(にしきちょうがし)交差点とその下の錦橋

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気象庁のところへ出ます。

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ワクチン接種会場がありました。

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航空写真で見ると。

☆が千代田区一ツ橋2丁目遺跡箇所。そのまま斜め左下に進めば高台の国立近代美術館。まっすぐ南下すれば旧本丸最高地点あたり

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可能な限り高度確保のため進行右側ルートを選択。そのわけは江戸城は海まじかに位置するため。

皇居そばにあった地形を踏まえた標高がわかる下の図が最も参考になる。

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神田山(駿河台)→低地→麹町台地と進むのが必然となる。

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桜田門

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桜田門内から外を見れば、刑事ものドラマでおなじみ警視庁

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2022.2.23(祝日)、朝8時に地下鉄日比谷線三ノ輪駅から歩き始め、15:40到着。急ぐことはない散歩レベルの速度で8時間弱で着いたことになる(昼食休憩コミ)。

JR御茶ノ水駅から皇居まで歩いていこうと思ったことなどなかったが、こんなに近く、わかりやすい位置にあるとは思わなかった。