古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

古代東海道 下総国㉓ 花見川浪花橋西側から南下して千葉街道(旧房総往還)へ

 

直道(なおみち)遺跡周辺には近時発掘され古い文献には触れられていない遺跡が多いが

探索しながらの進行も少々疲れた。

ここらへんで海縁の千葉街道に出てもよいだろう。

 

さざれ幼稚園の脇を通り、京成電車の踏切を渡ると古い街道(旧房総往還)に出る。

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房総往還(旧千葉街道)を進む

 

そうだ。例によって「地図で見る東日本の古代」を見て見よう。

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綿打池の右側を北上して行くのは同じだが異なる点は

① 花見川の先、まだ頑張って千葉街道に降りずに幕張近辺まで直進性を追求していること

② JRは稲毛の先東側に婉曲するところがあるが(私は鉄道東側を歩いた)、そこではあえて線路より西側を比定して直進性を維持している。

惹かれるところはあるが現在につながるような道路痕跡はうかがえない。

と思ったが、下記地図赤丸近辺は検見川送信所というこれまた近現代の遺跡になるような大きな公的施設があった場所であり、かなり前から区画整理が行われているようなので付近では明治期以降かなり大規模な土木工事があったはずでその影響かもしれない。

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そのあたりをブラックボックスとして一部房総往還経由で検見川神社までを直線で

結べばなんとかなりそうでもある。

東京湾沿岸しかも東京に近づくほどそういう箇所が多いのであろう。