古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

2022-01-01から1年間の記事一覧

二つの有銘鉄剣と二人の学者(その2)

大塚初重(はつしげ)さんの「東国の古墳と大和政権」に移る。 2002年、山梨県で公職にあった時の発刊だ。1926年東京都生まれとある。当然載っていないが、今年2022年、お亡くなりになっている。 Ⅲ1「王賜」銘鉄剣と房総の古墳という段章で稲荷台1号墳の鉄剣…

古道のルート探索と地域の古墳や豪族の視点

江戸時代の旧東海道と異なり、古道のルート探索の裏付けとなる資料は極めて乏しく、すぐに呆然自失状態に陥ります。 そんな中ある程度合理的なものとして推測、依拠できそうなものが地形です。昔海(川)だった、大雨で出水しやすそう、がけ崩れが起きそう、歩…

二つの有銘鉄剣と二人の学者 (その1)

白石太一郎氏 千葉県の古墳についての白石氏の著述が散見されるので、千葉県の文化課、埋文など関係部署の公務員かなと思っていたら歴博の先生だった。 それはどうということはないのだけれど履歴を見ると関西の大学を出て畿内で研究をされていた方。どうし…

古墳時代の開始時期と神門(ごうど)古墳群

古墳が盛んに作られた時代を古墳時代と言うが、もう少し丁寧に見ていこうとすると古墳の定義の問題も絡んで簡単ではないようだ。 古墳時代の開始時期については大きく二つに分かれる。 A説 3世紀中葉から後半における箸墓古墳のような定型化した前方後円墳の…

上総の国⑭ 稲荷台1号墳記念広場の風景

上総の国⑦で有銘太刀出土の稲荷台1号墳記念広場あたりの地図はあげているが復元古墳の実写真はあげていないと思うのでそれを。 (ちょうど約1年前撮影) 国道297号わきのはずだけどわかりにくかった。遺跡って見に来る人は多くないせいか周囲に案内表示はない…

上総の国⓭ 「王賜」銘鉄剣 稲荷台1号古墳と市原歴史博物館オープン

2022.10.28朝日新聞でかなり大きく取り上げられている。関東だけかもしれないが。 有銘鉄剣の出土としては埼玉県行田市の稲荷山古墳が有名であるが(国宝)、此れより古い西暦400年代前半に作製されたとみられるのがここ千葉県市原市稲荷台1号古墳から出土した…

新聞記事を読んで思うこと

上は読売新聞地方版(千葉)の記事 これを見て思うところがとても大きい。 ① 新聞、テレビなんて見ない。ネットニュースで十分という意見が流行であるがこれはネットに出ないだろう。この記事を見ていない人は知らないまま終わる。 ② なんとなく全国版記事がよ…

書店と書籍

総理は夏休み前に八重洲の書店で10冊の本を購入したとのこと。 東京駅前八重洲ブックセンターだろう。職場が近いときは結構行ったが,今はいくことがない。 今日ある大きなターミナル駅の駅ビル内にあるくまざわ書店に寄った。 驚いた。 考古学、古代の歴史…

磨り石の展示について

あるところで見た展示 あれ?うちの庭に転がっている石に似ているなあ。 もしかして遺跡の石が我が家に?そんな馬鹿な。 展示の説明をよく見ると 磨(す)り石とある。古代の人が磨いて作った石ではなく、植物を磨(す)るために用いた 石らしい。 とすると遺跡…

理系考古学者の卓見

「考古学を科学する」という本(2011年 臨川書店)で中條理一郎氏が書かれている「はじめに」の内容に驚いた。 「はじめに」であるが7頁と長く、しかもその内容が考古学に関しての文科系と自然科学の考え方の大きな違いのみならず、広く学問一般に通じる問題点…

古代東海道更級日記の道 武蔵国㉖ 武蔵と相模の国境

多摩川を渡って神奈川県に入っても律令制下における相模国になるわけではない。 相模国は現在の神奈川県西半分。現川崎市と横浜市の大半は南武蔵の南縁部に相当する。 つまり武蔵と相模の境界は横浜市西半分を南北に縦断し、関東山地から三浦半島へ続く多摩…

樋口一葉と鏑木清方・朝倉摂

4か月ちょっと前、台東区のところで竜泉にある樋口一葉記念館に寄り道した。 武蔵の国の項、最終としてそれに関連することを。 訪れたのは2021年12月19日であったが、樋口一葉の作品を舞台化した資料として舞台の模型が展示してあった。 そして、その舞台美…

田園調布 の街並み

多摩川台公園を北に進み、宝來山古墳に近づくと公園の東脇を通る道越しに、ちらちら家々の屋根が見えだしてくる。 どこかで見たような風景 ドイツに防御のため街の外周を城壁で囲んだ古い都市がある。その城壁は人が通れるようになっていて町並みを見下ろし…

古代東海道更級日記の道 武蔵国㉕ 大田区と田園調布

大田区ってどうもつかみ難く一口で特性を言い難い。 下町工場街?高級住宅街? 東京湾対岸の市原市に似ている。 ベイエリアの重工業工場地域と沢蟹のいる山間部の養老渓谷、地磁気逆転スポット! 大田区は1947年,大森区と蒲田区を合わせる形で成立したが(大…

古代東海道更級日記の道 武蔵国㉔ 多摩川台公園の古墳(大田区田園調布1丁目)

3か月くらい前に新聞で紹介されていた(読売 2021.12.13)。 丸子橋に近いし、そばにある遺跡として是非とも寄ってみたかった。 日没までまだ時間があるのは幸いだ。 手前に神社があるが、俗っぽいたたずまいに見えたし、一般に多摩川台公園内の古墳と共に紹介…

古代東海道 更級日記の道 武蔵国㉓ 高輪台→五反田、荏原、中延、旗の台、洗足、雪谷→丸子橋へ

1号線(桜田通)に出て高輪台駅先ですぐに港区から品川区に変わる。 さほど遠くない五反田駅にかけて驚くのが坂道の傾斜度。 こんなに高度差があるとは。 そして長い。 東京の坂道について書く人、書かれた本は多いが、坂道の大半は短めだ。 ここは長い。 これ…

港区 仮仙洞御所と幼稚園どんぐり採取

武蔵の国㉒で古代東海道のルートと考える二本榎通りについて述べたばかりであるが、近世以降も色々歴史が濃いようだ。 この、お屋敷、もとは細川藩の屋敷であったようであるが2年間、上皇の住まいである仙洞御所(仮)であったとは知らなかった。二日前、葉山…

 江戸城至近の大名上屋敷とブラタモリ雑感

一昨日土曜日のブラタモリ、ちょうど当ブログで最近扱った内容にダブるところがあるので興味深く拝見した。 番組で時間をかけ、特に強調していたのが井伊氏の優遇とその上屋敷位置の優越性だった。 上屋敷の場所は海抜の高い、桜田門を見渡せる絶好の位置。 …

古代東海道/更級日記の道 武蔵国㉒ 高輪皇族邸、東海大、高野山東京別院、味の素前、高輪台交差点

伊皿子交差点を過ぎ、すぐ100mくらいでこんもりした森。よく見ると門前に機動隊の車両1台と立っている警察官。 高輪皇族邸だ。立哨警備とは現に皇族が居住中? その50mくらい先に茶色系の外壁(冴えない)の高層マンションが建っているが、なんと都営アパート…

古代東海道・更級日記の道 武蔵国㉑ 三田3丁目交差点から聖坂、済海寺・亀塚へ v2

通説?への疑問と中原街道ルートについて 「古代の道」(武部)は多摩川から桜田門までのコースを次のようにとらえている。 (同著78頁) これに(中原街道)にしたがってそのまま多摩川を渡り、 中原街道の中延付近で東に折れ JR京浜東北線大井町駅前が大井駅(品…

古代東海道更級日記の道 武蔵国⑳ 桜田門、霞が関、虎ノ門、芝公園(芝丸山古墳)、赤羽橋、慶大前、三田3丁目へ

3月28日月曜日。JR有楽町で地下鉄に乗り換え桜田門駅へ 駅がこんなに近いとは思わなかった。 どこか違う。 そうだ、地下鉄出入口に屋根がない。景観第一の特異地点だからだろう。 それより海抜6.8mの表示がうれしい。この高さは微高地というのだろうか。 こ…

古代東海道 武蔵国⑲ 順天堂大→明治大→駿河台下→一ツ橋二丁目(一橋大)→二重橋・桜田門 

首府の防御防備(ウクライナと江戸城) 本郷通りを本郷3丁目、壱岐坂上、その先の二股を右折して外堀通り(順天堂前)までやってきた。 芳賀氏は言っている。 江戸以前に現在の外堀はなく、本郷台地は神田山の山すそ(現在の神田小川町付近)まで一続きだった…

古代東海道 武蔵国⓲ 本郷通りのゆくえと参考文献

これでいいのかと、少々不安ながらの、お茶の水行きであったが、帰ってからとても良い本に巡り合った。 著者は元柏書房の社長さんで、地図学会の評議員や東京経済大の客員教授を務めている。書名からは元社長さんの趣味的なものに感じてしまうが、中身は専門…

古代東海道 武蔵国⓱ 向ヶ丘弥生町→東大本郷キャンパス→本郷3丁目→お茶の水橋

さて、あまり寄り道ばかりをしていると時間が無くなる。浅野キャンパス(弥生2丁目) を出て本郷キャンパス(本郷7丁目)を横切り、正門から本郷通(国道17号)に出ることにする。 浅野キャンパスと本郷キャンパスに挟まれたところにひっそりと隠里っぽい格調高い…

古代東海道 武蔵国 ⓰ 漱石旧居跡→根津神社→根津小学校→東大浅野キャンパス・弥生二丁目遺跡

漱石旧居跡前(千駄木1丁目)の道を南下すればすぐ日本医大前交差点。 少々くたびれた感じ。再開発されるのかな? ここで90度右に曲がれば本郷台地の尾根道である本郷通りにつながる455号にぶつかる。そのルートで道なりに進むのが手っ取り早いが、薮下通り…

古代東海道 武蔵国⑮    3⃣日本医大→漱石旧居跡

薮下通りに戻り、進む。 方角的にはどこかで右折することになるが、期待していた案内表示はない。 多分このあたりかと勘で入ったのが下図の解剖坂。 少しのぼりとなる。日本医大の建物が多い明るい高台。 突き当たって右側すぐにあった。 祝日のせいか散歩中…

古代東海道・武蔵国⑭ 東日暮里から桜田門2⃣ 森鴎外住居跡→薮下通り→千駄木ふれあいの杜と太田道灌末裔

昔はなかった不忍通りを越えて団子坂下に入る。 実際は写真より急 横から撮ると傾斜がわかる。舗装がない時代、雨の時は大変だっただろう。 団子坂上に到着して振り返った。距離は短い。 右折すると(写真では左)公的施設がある。 反対側を見ると変わった建物…

古代東海道 武蔵国⓭ 実踏:東日暮里から桜田門① 善性寺→芋坂→天王寺→三崎坂→団子坂下

この日(2022.2.23)、地下鉄日比谷線三ノ輪駅を降り(荒川区東日暮里1丁目・台東区根岸5丁目)、皇居桜田門まで通しで歩いた。 大げさであるが私の人生でこれほど新鮮で有意義な1日はなかった。大学が三つ(日本医大、東京大、明治大)、全生庵など有名なお寺がい…

古代東海道 武蔵国⑫ 上野台と本郷台

天王寺あたりに登ったとして京へ向かうには左折南下せざるを得ない。 どのルートで? 既に足を踏み入れている足元の上野台尾根道をそのまま南下するのが素直な解釈にも思える。遺跡も多いし。 <上野台の古墳群> 上野の台地に遺された唯一の墳丘として、摺…

古代東海道 武蔵国⑪ 道の探索と参考となる図書

豊嶋の駅家から皇居までのルートについて試見,私案でもいいので具体的コースを挙げてくれる人がいればいいのだけれど残念ながらほとんど目にできない。 というわけで暗中模索することに。方法としては A: 地図上から考える=まさに机上のプラン、b: Aに…