古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

古代東海道 下総国⑦ 南生実橋から千葉寺駅前リブレ京成まで V2

前回の南生実橋交差点風景の写真には廣照寺が見えている。 この先、右側にある八剣神社、埋蔵文化財調査センター、大覚寺山古墳についてはすでに述べているので省略。 道の雰囲気をお伝えする写真は次のとおり。基本的に台地の周縁に沿って進んでいる。 生実…

古代東海道 下総国⑥ 低湿地遺跡「千葉市・神門(ごうど)遺跡」のこと  v2

大覚寺山古墳を見学して遺跡通りに戻ってさあ、千葉寺へ向かって進もうという段階で意外な展開が。 下総国①でこう述べた。遺跡にあたるものなどないはずと決めてかかっていたのである。 ただし村田川と浜野川にはさまれたBとC点の間、特に茂原街道(バイパス)…

歴史学者 吉村武彦さんの提唱

2021.6.4付読売の記事が興味深かった。 吉村武彦さん(1945年生まれ)はじめは東大でフランス近代史を志したが、日本史に転 じ、興味を持ったのが明治維新。 が、近代を知るためには近世、近世を知るためには中世を知らなければと遡るうちに古 代史が専門分野…

関東の道路史(建設省関東地方建設局)

題名から受けるイメージをはるかに超える内容を持つ。 絶賛に値する。 私は政令指定都市に居住する。その市立中央図書館の方が県立よりはるかに近代的で優れているのでもっぱら利用しているが、ある日気まぐれに10年ぶりに県立中央図書館に行き、開架式棚を…

古代東海道 下総国⑤ 埋蔵文化財調査センター、大覚寺山古墳

八剣神社を出て、バス通り(千葉中央遺跡通り)に戻って北上。 埋蔵文化財調査センター入り口という大き目な看板があるのでそこで右折。 なだらかな傾斜を進むとすぐに右手の高台に建物が見える。 資料も展示も豊富で勉強になる。生徒・学生の見学も多そうだ。…

古代東海道 下総国④八剣神社

たまたま市販の一般的な地図を見ていたら小さく八剣神社というのを見つけた。 なぜか、気になって仕方がないがどうやって行くのかはっきりしない。 千葉中央遺跡通り(仮称)に入ってすぐ「廣照寺入り口」という看板があったのでそこから入ってみた。 しかし狭…

古代東海道 下総国③ 千葉市中央区南おゆみ野(千葉中央遺跡通り)

長妙寺の先、茂原街道旧道、同バイパスを横切って直進し、発展途上地域を超えて浜野川に達する。 いくつかの候補の橋がある。仲良し橋、清流橋、御手洗橋もあるが進むルートに直結するのは南おゆみ橋。 渡った先のこのルートの右側はすごい。 後で立ち寄る千…

古代東海道 下総国② (古市場)高嶋天神社と長妙寺橋

村田川にかかる長妙寺橋を渡る。そこは割と普通に見える町並み。 せっかく、渡るのだから同じ名前のお寺を見てみようとすぐ右折。 おや、途中、ひなびたいかにも村のお宮という感じの神社があった。 ところが、 平安時代から続き、千年の歴史を持つという。 …

古代東海道 下総の国① どこで上総・下総の国境を超えるか V2

上総、下総両国の国境は村田川。 現在は市原市と千葉市の境となっている。 古代の人はどこで川を渡ったのであろうか。 古代東海道のルートを房総往還に重ねる人は以下地図中のAとする。 ただし川が変化しているので村田橋は埋まり、新村田橋に移っているが。…

上総の国⑫の5 菊間最終: 阿波能須神社と菊間藩陣屋跡

菊間でずいぶんかかったが、最後に気になるところを2か所。 其の1 菊間国と言ったら豪族→律令制下での国造と古代の話で終始するだけかと思っていたらなんと江戸末期から明治初期にかけて菊間藩の存在も話題になっている。 藩主は老中にもなっている水野氏の…

上総の国⑫の4 あたりの雰囲気と菊間天神山古墳 

北野天神山古墳と菊間天神山古墳があり、紛らわしい。 後者について周りを探したが見当たらない。 その過程でさまよい、地域の雰囲気もつかめたが。 普通の農家らしい農家もあることはあったが多くはない。 豪農、お金持ち、普通の市民の家がポツポツという…

上総の国⑫の3  北野天神山古墳と東関山古墳

三者は近い。特にbとcは至近距離。なお、文献によれば新皇塚古墳(古墳前期)はほぼ消滅とある。 b北野天神山(権現山)古墳 前方後円墳90m? 古墳中期 c 東関山古墳 前方後円墳90m? 古墳中期 a 姫宮古墳 前方後円墳52m 古墳後期 北野天神山(権現山)古墳 隣…

上総の国⑫の2 新皇塚古墳

ドキッとするような名称だ。 紹介する文字情報は多い。 一例 ここにあったとされる石造物が上総国分寺境内にある。 が、新皇塚古墳を明示する写真はほとんど見当たらない。 団地建設で削り取られてしまい、立木以外そもそも遺跡というものが残っていないのだ…

上総の国⑫の1 姫宮古墳

姫宮という乙女チックの名称に惹かれる。 車で行く場合、みどりのは葉記念病院の脇からその名も「菊間通り」に入り数分のところにある市原菊間郵便局のところで曲がって入る。 すでに郵便局の背後に見える森が、暗く、深くなんだかパワースポットというか引…

上総の国⑪ 菊間古墳群と国造

土木学会論文集D22vol69にある小方武雄氏の次の一説には強く賛同したい。 直接は神奈川県での古代道について中原街道説ではなく246号説を採る論拠として挙げるものであろうが氏も言うように他の地域での比定にあたっても十分に根拠となるものと考える。 更級…

上総の国 ⓾ 菊間・村田川へ

さて、山木交差点から先、どう進むか。 左折し、八幡地区へ進み房州往還道を進むとするのが多数説かもしれない。 ここで道路技術系研究者の発言も頭をよぎる。 一は、武部健一氏(元建設省・道路公団)の「高速道路と古代道路の共通性というものに気づき~」 (…

上総の国 ⑨ 光善寺廃寺

山木三叉路から入るとすぐ297号道路左側に光善寺の看板が目に入る。 光善寺廃寺と現役光善寺の併存のせいであろう。 国分寺も本来は同じはずだが。 左折して5~60mくらいで左側に階段状の入り口がある。 昭和期再建?の薬師堂 これが更級日記の記述に対比さ…

上総の国⑧ 阿須波神社と光善寺廃寺 V3

上記社寺を上総国府位置比定の根拠に掲げる研究者が多い。 津本氏が紹介する鴇田恵吉(ときたえきち)氏の言説は次のよう。 阿須波神社は万葉の歌から国府の庭にあったと考え、上総国府を市原台地と想定し、更級日記の薬師堂は光善寺薬師如来縁起や柳楯神事か…

上総の国⑦ いまたちと進行経路

受領の赴任旅行にあたっては、吉日に吉方に向かって家を出る出門と実際に吉日に旅を始める進発の2段階のステップがあるとのこと。 更級日記では、9月3日に「いまたち」に移り、15日に平安京に進行を始めている。 では、「いまたち」とはどこ? ここでまた…

上総の国⑥ 国府域を出てから通る道

上総の国府場所については江戸の時代から現代にいたるまで論争があり、大別して4説になるようであるが、いずれにせよ区域内では仕事、生活の必要があり必要に迫られて大小、方向の様々な道が利用されていただろう。 では国を出て京にへ向かうにはどのルート…

上総の国⑤ 国分尼寺展示館

展示館の中には大切なことがわかりやすく説明展示されている。 説明スペースが限られているということは新聞記事と同じで冗長に流れやすい書籍にはない長所をもたらしている。 室内撮影可ということも学習に効果的だ。 展示館の窓から復元建物が見渡せる。 …

上総の国④ 国分寺台町の風景と国分尼寺V2

市原市役所の両脇に国分寺と国分尼寺がある。 国分尼寺は長いこと遺跡状態であったが近年わが国で最高レベルの復元がなされ、注目されている。 市役所と消防署が並んでいる前を通る。(この風景、四国で見たことがある。) 町並みは整然。道路は広い。国分寺…

上総の国 ③上総村上駅から戸隠神社そして国分寺へ V2

国庁、国衙、国府域 山路直充氏は国府を考えるにあたって国庁、国衙、国府域に分類する提言をされている。(房総の考古学p165) 国庁は国司が政事を行う政庁を区画した空間 国衙は国庁とその周辺に曹司が展開した空間 国府域は国衙とその周辺に広がった国府…

更級日記の研究

先日、ひさしぶりに神田の古書店街を歩き、この大著を目にした。 1500円とお安かったので購入。 本来は文学の先生であるが、この日記に関するあらゆる側面に綿密なる考証を加えている研究論文である。 地理的側面のことも詳細で、国府位置や帰路の経路につい…

日本古代史研究辞典

「はじめに」にある問題意識でもわかるが(*)、それへの手助けになる平易に総合的に書かれている良著と思う。 (*) 研究の深化と拡大は、必然的に日本古代史研究の全体的状況を把握することを困難にし、新たに研究を始めようとする学生のみならず、専門の研…

京への道 上総の国 ②小湊鉄道:上総村上駅

市原市の中心部は近代的、良質な住宅街となっているが町はずれのこの駅はさびれ,みすぼらしい状態だった。 昭和2年の駅舎らしい。それを魅力ととらえることもできるが。 あたりを見ていると、少し人が集まって来た。 おや、予期しない展開が。 鉄道ファンが…

更級日記の道 1上総の国 ①出発地点の想定 

前書き・総論ばかりじゃひんしゅくを買う。 そろそろ上総の国府から京へ向かって古代東海道の道を歩き始めないと。 しかしここで難問! 上総の国府がどこにあったかが定まらないのだ。 古くから学者先生の間でも見解が分かれていて一向に定まらない。 ざっく…

千葉の道 千年物語

そういえば、ミレニアムという言葉がはやったのが平成12年、西暦2000年のことだった。 これを記念に県紙千葉日報に連載されたものをもとに発行された県の道路に関する集大成だ。 ヤマトタケルから現代の東京湾アクアライン(1997年開通)とよくまとめてある。 …

予断排除と技術・工事史的側面

古い古い道路跡を探し、見つけるなんて大変なこと。 かなり明確に比定されている史跡が2か所ある場合、その間を直線で結び、そのルート に近い道路があると、これだ!と言いたくなってしまう。 1970年以降、古道はまっすぐということが強調されだしているの…

国司御一行様赴任旅の乗物と石山寺縁起絵巻

身分のある男性は騎馬、 下人は徒歩 身分ある女性は手車や手輿 一部の女性は騎馬 と考えられているようだ。 その根拠は?というと石山寺縁起絵巻の絵にあるもよう。 だがしかし、 この絵巻は鎌倉時代末期に描かれた想定画。しかもビグネームの石山寺参詣を描…