古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

上総の国⑦ いまたちと進行経路

 受領の赴任旅行にあたっては、吉日に吉方に向かって家を出る出門と実際に吉日に旅を始める進発の2段階のステップがあるとのこと。

更級日記では、9月3日に「いまたち」に移り、15日に平安京に進行を始めている。

 では、「いまたち」とはどこ?

 ここでまた論争が激しく、佐々木虔一氏(古代交通研究会副会長)は8説を掲げ、八幡の飯香岡付近の砂丘上説を採る(房総古代道研究14頁)。

山路直充氏は飯香岡八幡宮が所在する八幡宿に推定していた立場を五井(現養老川右岸)に再推定し、八幡宿については飯香岡八幡宮も含め、中世国府との関連でとらえるべきではないかと論及する。

氏が掲げる地図は以下のとおり

 出展 房総の考古学(史館同人編 六一書房)

 

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私は今後の進行ルートを考えると、わざわざ、田畑の中を通り(現条里制遺構)、海岸付近まで行く必要に乏しい気がする。

今でも歴史が濃厚に詰まっているような感ある光善寺廃寺、阿須波神社付近で終わる台地を下り、そのまま北上したのではないか。

 

 なお、傾斜地、台地のすそ野に並行するように走る道にはなぜか古い道が多くみられる。

次回、阿須波神社探訪と合わせてその雰囲気をお伝えしたい。

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 現在の道路と照らし合わせた国分尼寺から先のルートは次のように考えたい。

南の国分寺通りを道なりに北東に進むと297号大多喜街道にぶつかるが、その手前あたりに稲荷台1号古墳がある。ここは有名な刀剣が発掘されているところでぜひ立ち寄りたい。

 

 山木交差点に向かって297号で進むのも悪くないと思うが297号に入らず手前の稲荷台通りで北北西に進み、舘山道の手前で右折して向かうのもよいのではと思う。

稲荷台通りは一部発見されている古道に重なるところもあるやに聞いているし。

 

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