古代東海道・更級日記の道

1020年、菅原孝標女が歩いた上総(千葉)から京への古代東海道を探索しながら進みます。

2021-01-01から1年間の記事一覧

古代東海道 下総国⓳ 経路途中だが近・現代のことも考えたくなる(千葉公園)

更級日記の道なのだから古代当時のことだけを考えればよいのかもしれない。 しかし、ここ千葉公園、JR西千葉駅の東側や先の話になるが市川市国府台あたりについ ては明治以降、近代・現代のことを考えたくなる。 千葉公園も国府台も明治期から日本陸軍の大基…

古代東海道 下総国⓲ 千葉駅近辺から稲毛方面へ

千葉市中央区要町から同区椿森へ 千葉市民会館にぶつかった後、線路の北側に行くには右側だと東千葉駅にまたがる椿森陸橋を通ることになる。少し大回りだし登りなので左折して逆に線路の下を通る道にした。 このまままっすぐ行くとJR千葉駅 右折して線路の下…

古代東海道 下総国⓱ 千葉市から先の探索で悩む―四国遍路との対比

ネット特にユーチューブやブログに旧街道を歩くというものが見受けられる。 特に東海道については正月の大学箱根駅伝があるし、江戸時代の戯作があるし、53次の浮世絵があるし、ということで特に目立つ。 歩くというのは一種何とかハイになる中毒性もあり、…

開発と業界―大学考古学専攻、教育委員会文化課(文化財保護課)・財団(埋蔵文化財センター)―

岡山大文学部教授松木武彦氏の手になる「未盗掘古墳と天皇陵古墳」という本がある(2013年 小学館)。センセーショナルな書名で、ちょっとどうかとも思われるが、だからこそ人に手に取ってもらえるわけで、その書名に意味がないわけでもない。 読んでみると結…

殿塚・姫塚古墳の研究

モダンできれいなカバーの本だ。 ただし、題名は難しそうで敬遠したくなる。 殿塚・姫塚古墳の研究 ―人物埴輪の3次元計測調査報告書― 専門的かつ高額そうで当方には縁がなさそうだがちょっと手にしてみた。 3700円とこの種にしてはお安い。 鹿島学術振興財…

滝口 宏氏のこと

昔、学生の頃、T医科大学に進学した友人とおしゃべりをしていたとき 「滝口 宏」って知っている?と聞かれた。 私、高松塚の壁画が話題になればすごいねとは思うけど特に考古学には興味があるわけ でなく、その名前、聞いたことがあるような無いような感じだ…

手に汗を握るような遺跡の報告書 武田宗久氏と滝口 宏氏

以前、紹介した遺跡調査報告書*について 非本質的な事柄かもしれないが、最近の整った役所的・公文書的報告書にはない、舞台裏の手に汗握るような、胸を打つ箇所があった。 発掘や調査にあたる人々の熱意や苦労が偲ばれるし、研究者への支援を考えるとき参…

古代東海道・下総の国⓰ ①から⑮の自説ルートと信用性

千葉中央遺跡通りなどと勝手なネーミングまでして、識者のお叱りを受けそうだ。 こういう時、学者と歴史を扱う小説家の対談を読むと面白い。 大昔のことなどしっかりした記録書がなく、細緻にわたってまでわかるはずはない。考古学的・科学的知見などごく一…

古代東海道 下総の国⑮ 千葉神社から北進して鉄道と市民会館にぶつかる。

吾妻町通りをまっすぐ進んで行く。 街の雰囲気も変わってくる。 地方道40号千葉神社通りに合流する。 斜め左に進む。 そのまま進むと鉄道にぶつかってしまう。 千葉市民会館が眼前に立っている。 ここで古代からの道と推定する道は分断されてしまっている。…

古代東海道 下総の国⑭ 千葉寺→亥鼻→河曲驛(かわわのうまや)」へ V2

では千葉寺観音を後にしてこれから進む道を古い110年前の地図で見て見る。 千葉中学校、県庁、裁判所、医科大学、左上に千葉神社と廃寺になっている大日寺が見える。 千葉寺三叉路 千葉寺のそばにあるカトリック教会 下りとなる。 二股に分かれる。バスが通…

古代東海道 下総国 ⓭ 千葉寺と書「千葉寺いまむかし」を読んで

千葉寺界隈で足が止まって進まない。これではいつ京へ着くのか。 更級日記を世に出してくれた定家にかかわる冷泉家についての新聞2面の広報ページが魅力だったし(2021.7.4)、 (全景俯瞰図を隣の同志社大から撮っているが、私もそうした。人のやることはプロ…

芥川賞・直木賞と女流作家

両賞受賞者4名中3名が女性 このところそういう傾向が強い。 女が半数なのに地位の半数を得ていないのはけしからん、などという必要はないでしょう。 女性枠をとかいうのはそもそもおかしい。 ワクチンの効果,副反応を見てもわかるように生理的その他で想像…

古代東海道・更級日記の道 下総の国⑫ 狐塚古墳v2

既出の下記報告書(*)の3ページ「序章 遺跡の概観」第1節に短いがきわめて印象深い一節があった。 「 古墳の分布をみると海岸平野に面した台地の縁辺は、早くから開発されたため分布は極めて希薄であるが、千葉寺地区遺跡群の2.5㎞南にはかって狐塚古墳とい…

古代東海道 下総国⑪ 観音塚遺跡報告書と現況

千葉市観音塚遺跡(千葉寺地区遺跡群)について 千葉寺は12世紀に観音塚あたりからから引っ越してきたという伝承もある遺跡についての報告書である。 観音塚という名称はあちこちにあるようなので千葉市観音塚遺跡と言った方がいいのかもしれない。また発掘調…

古代東海道 下総国 ⓾ 千葉寺跡と青葉の森公園、荒久古墳、観音塚遺跡

「千葉県の資料」に「114千葉寺跡」という項目があり、更級日記への言及もあるので紹介させていただく。(この項著者 糸原 清氏) 発掘調査すると必ずや?その報告書が出るようであるが、下手な市販の案内書よりずっと広く深い。 この№114も千葉寺跡さら…

古代史(文献史学)と考古学

「千葉県の歴史」という電話帳というか広辞苑のような分厚い本があった。 社史のような自己礼賛の書と思ったらとんでもない体系的良著だった。 網羅的内容で研究者にも、専攻する学生にも、私のようなにわかファンにもとても参考になる。 本のことは別に述べ…

古代東海道 下総国 ⑨ 千葉寺と千葉寺廃寺 その2

この本、単なる観音巡礼の案内本かと思ったら、そうではなかった。 他の公的解説本には載っていないことが記されている。調査能力、努力に敬服すべきものを感じる。 千葉寺の盛衰につても以下のように記述されている。 ・縁起とは天和の頃編纂の「千葉寺縁起…

古代東海道 下総国 ⑨ 千葉寺と千葉寺廃寺 その1

国分寺より前に豪族に建立されたお寺があります。下総では現市川市真間町にある弘法寺(葛飾郡)と現千葉市千葉寺町(千葉郡)にある千葉寺(上の写真)です。 しかし、ちょっと本を読んでいると千葉寺廃寺という文字も出てくるのです。 全国にある国分寺は大体当…

古代東海道 下総国⑧ 千葉寺、亥鼻方面への道選択 v2

市原市からずっと海沿いのルートを考えている人は上の地図でも☆1の房総往還を選ぶことになるでしょう。 私は内陸寄りの☆3か4か5を選びます。と言っても☆1からの距離はわずかで歩いて10分程度。 ☆1は357号湾岸道路沿いの海近くです。近すぎです。千年前果…

更級日記‣上洛の記千年(武蔵野書院)

ちょっと前にこの本の出版を知り、気になっていた。 更級日記というと、上総国府はどこにあったか,「いまたち」とは?と謎解き面ばかり が強調されているきらいがある。 本質・本籍は文学であろうに。 定価税抜き11000円とお高く、なかなか手が出なかったが…

古代東海道 下総国⑦ 南生実橋から千葉寺駅前リブレ京成まで V2

前回の南生実橋交差点風景の写真には廣照寺が見えている。 この先、右側にある八剣神社、埋蔵文化財調査センター、大覚寺山古墳についてはすでに述べているので省略。 道の雰囲気をお伝えする写真は次のとおり。基本的に台地の周縁に沿って進んでいる。 生実…

古代東海道 下総国⑥ 低湿地遺跡「千葉市・神門(ごうど)遺跡」のこと  v2

大覚寺山古墳を見学して遺跡通りに戻ってさあ、千葉寺へ向かって進もうという段階で意外な展開が。 下総国①でこう述べた。遺跡にあたるものなどないはずと決めてかかっていたのである。 ただし村田川と浜野川にはさまれたBとC点の間、特に茂原街道(バイパス)…

歴史学者 吉村武彦さんの提唱

2021.6.4付読売の記事が興味深かった。 吉村武彦さん(1945年生まれ)はじめは東大でフランス近代史を志したが、日本史に転 じ、興味を持ったのが明治維新。 が、近代を知るためには近世、近世を知るためには中世を知らなければと遡るうちに古 代史が専門分野…

関東の道路史(建設省関東地方建設局)

題名から受けるイメージをはるかに超える内容を持つ。 絶賛に値する。 私は政令指定都市に居住する。その市立中央図書館の方が県立よりはるかに近代的で優れているのでもっぱら利用しているが、ある日気まぐれに10年ぶりに県立中央図書館に行き、開架式棚を…

古代東海道 下総国⑤ 埋蔵文化財調査センター、大覚寺山古墳

八剣神社を出て、バス通り(千葉中央遺跡通り)に戻って北上。 埋蔵文化財調査センター入り口という大き目な看板があるのでそこで右折。 なだらかな傾斜を進むとすぐに右手の高台に建物が見える。 資料も展示も豊富で勉強になる。生徒・学生の見学も多そうだ。…

古代東海道 下総国④八剣神社

たまたま市販の一般的な地図を見ていたら小さく八剣神社というのを見つけた。 なぜか、気になって仕方がないがどうやって行くのかはっきりしない。 千葉中央遺跡通り(仮称)に入ってすぐ「廣照寺入り口」という看板があったのでそこから入ってみた。 しかし狭…

古代東海道 下総国③ 千葉市中央区南おゆみ野(千葉中央遺跡通り)

長妙寺の先、茂原街道旧道、同バイパスを横切って直進し、発展途上地域を超えて浜野川に達する。 いくつかの候補の橋がある。仲良し橋、清流橋、御手洗橋もあるが進むルートに直結するのは南おゆみ橋。 渡った先のこのルートの右側はすごい。 後で立ち寄る千…

古代東海道 下総国② (古市場)高嶋天神社と長妙寺橋

村田川にかかる長妙寺橋を渡る。そこは割と普通に見える町並み。 せっかく、渡るのだから同じ名前のお寺を見てみようとすぐ右折。 おや、途中、ひなびたいかにも村のお宮という感じの神社があった。 ところが、 平安時代から続き、千年の歴史を持つという。 …

古代東海道 下総の国① どこで上総・下総の国境を超えるか V2

上総、下総両国の国境は村田川。 現在は市原市と千葉市の境となっている。 古代の人はどこで川を渡ったのであろうか。 古代東海道のルートを房総往還に重ねる人は以下地図中のAとする。 ただし川が変化しているので村田橋は埋まり、新村田橋に移っているが。…

上総の国⑫の5 菊間最終: 阿波能須神社と菊間藩陣屋跡

菊間でずいぶんかかったが、最後に気になるところを2か所。 其の1 菊間国と言ったら豪族→律令制下での国造と古代の話で終始するだけかと思っていたらなんと江戸末期から明治初期にかけて菊間藩の存在も話題になっている。 藩主は老中にもなっている水野氏の…